So-net無料ブログ作成

人見知りな性格と外面に疲れてきたので、やめる事にした [性格の事]

スポンサーリンク




私は人見知りだ。でも初対面の人とでも笑顔で話せる。「だったら人見知りではないのでは?」と言われるかもしれないが、人見知りなのだ。

以前までは初対面や大勢の場では、いつもりより少し饒舌でハキハキとした明るい女性を演じて対応してきた。外面というやつだね。

「気を使わなくていいよ」と言われる場面もあったが、外面を保っていないと上の空になり”能面顔”になる。もっと気を抜くと”はにわ”になる。

(o_o)

素の私でいると場の雰囲気を壊してしまうだろうという申し訳ない気持ちから「私、楽しんでますよー!」を全面に出すようにしていた。そしていつも疲れていた。”外面”と”素の状態”の振り幅が大きいので、外面を長時間保たないといけない場では辟易していた。

何が私をこうさせていたのか?世間の人見知りな人の理由は「喋るのが苦手」や「シャイ」など人それぞれだが、私の場合は少し違う。

私は積極的に人間関係を広げようという気持ちが無い。なので初対面の人への関心が薄いのだ。「話してみたい」「どんな人なのか知りたい」という気持ちがすぐには湧き出てこない。

1対1で話す機会が無ければ、その人には関心がないままだ。逆に何度か1対1で話す機会があると、徐々に相手に興味が湧いてくる。その頃になると私もやっと心を開く感じだ。

だから私は初対面の人の前では本来の自分を隠し、外面を発揮してきた。

そしてもう1つ。

私は自分に自信が無かった。外向的でない自分はダメな人間だと長年思って生きてきた。今でこそ、こんな自分を好きになりつつあるが、それでも長年の思いは完全には消えていない。

さらに世間にはやはり外向的な人間こそが素晴らしいという風潮が少なからずある。だから相手に本当の自分を悟られないように外面でガードしていたのだ。

でも、もう疲れた。私らしくいたいと思うようになった。外面を良くする事に意味を感じなくなってきた。

なので最近は外面をやめるようにしている。盛り上がらなければいけないような場では使うが、そうでなければ少し口角を上げて”にこやか”にするだけにしている。

なるべく気を使わず、空気を読まず、話したい時だけ話して、周囲の雰囲気は気にしない。無理せず本来の自分でいる事が、私にとっての人見知り解消法なのだ…と思う。

そもそも無理をしてまで人間関係を広げる気が無いのだから、そこまで気を使う必要は無いのだ。

それと同時に外面ではなく素の自分をさらけ出す事で、波長の合う人が見つかりやすくなるのではないかと思う。

それでも飲み会は嫌いだけど。






スポンサーリンク



タグ:人見知り
nice!(1)  コメント(0) 

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。